永久欠番とは、大きな功績を残した選手をたたえるため、その背番号をほかの選手が使わないようにすることです。

巨人には6つの永久欠番があります。番号の小さい順に、選手と功績を見ていきましょう。

目次

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1番 王貞治

王貞治は、一本足打法で多くの本塁打を打った選手です。通算868本塁打という記録を残し、長嶋茂雄とともに「ON」と呼ばれました。

監督として巨人を率いたあとも、野球界で長く活動しています。

3番 長嶋茂雄

長嶋茂雄は、明るいプレーと勝負強い打撃で多くのファンを引きつけました。「ミスタージャイアンツ」と呼ばれる、巨人を代表する人物です。

選手を引退したあと、巨人の監督も務めました。

4番 黒沢俊夫

黒沢俊夫は、戦前から戦後にかけてプレーした外野手です。1947年、病気のため33歳で亡くなりました。

チームを大切にした人柄も慕われ、4番は巨人の永久欠番になりました。

14番 沢村栄治

沢村栄治は、速い球で打者を抑えた巨人初期の名投手です。1936年には日本プロ野球で最初のノーヒットノーランを達成しました。

戦争で若くして亡くなりました。現在、シーズンで最も優れた先発投手に贈られる「沢村賞」にも名前が残っています。

16番 川上哲治

川上哲治は「打撃の神様」と呼ばれた一塁手です。監督としては、1965年から1973年まで続いたV9を成し遂げました。

選手と監督の両方で、巨人の歴史に大きな足跡を残しています。

34番 金田正一

金田正一は、国鉄から巨人へ移った左投手です。通算400勝という大記録を残しました。

巨人でプレーしたのは現役生活の後半ですが、その圧倒的な実績をたたえて34番が永久欠番になりました。

背番号から歴史をたどってみよう

永久欠番には、記録だけでなく、その選手が球団やプロ野球に残した物語が込められています。東京ドームで番号を見かけたら、誰の番号なのか思い出してみてください。

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参考

読売巨人軍公式「巨人軍年表」と各選手の公式記録を確認しました。